2011年09月30日

 オトンとボクと、時々、オカン〜


 『伊勢錦』

 伊勢錦はかつてこの伊勢地方で広く栽培されていましたが

 栽培しづらさが原因でいつしか姿を消してしまいました。

 昭和60年当時、もっぱら普通酒をつくる

 平凡な酒蔵であった弊社は、

 この『伊勢錦』に注目します。

 このままでは、生き残れない

 その危機感が伊勢錦を使った究極の酒造りへの原動力となります

 主人は26歳・そして私は22歳

 まだ、二人が結婚をする一年前の出来事です。

 その翌年、私はこの酒蔵に嫁ぎました。

 伊勢錦の復活劇は、そんな私達の歴史と一緒に

 進んでいきます。



 米造りはまず

 農業試験場に残っていた種籾を一握り分けてもらい

 地元農家さんの協力のもと

 三年がかりで増やしました。

 背丈が高く、稲穂が垂れ下がりすぎる伊勢錦の栽培は

 大変困難で、特に台風の多いこの土地では苦労の連続でした。

 しかし、平成元年に初めて伊勢錦の酒を造ることに

 成功します。


P1040499.jpg 




 その間に私は長男を出産し、

 伊勢錦の酒が初めて出来上がった年に

 彼はすでに二歳になっていました。

 それから色々な出来事がありました。

 すべてが順風満帆であったわけではありません。

 米の不作、思い描いた酒にならない

 それでも、主人は酒造りに没頭し、

 私は家庭を守り子供を育てる

 どこにでもある普通の生活。



 それから数年が経ち・・・

 平成19年

 全国新酒鑑評会において

 『伊勢錦大吟醸』が金賞を受賞したのです。


 長い間、試行錯誤を繰り返し

 私達と苦楽を共にしてきた『伊勢錦』が

 やっと表舞台に立った瞬間でした。


 その年、二十歳になった長男が

 「伊勢錦、偉いよな・・・俺はまだ何にもや」と

 つぶやいた一言を

 私は今でも忘れることができません。

 

 造り酒屋は継ぎたくない

 俺は自由でいたい

 思春期を迎えた頃からそう言い続けていた長男でしたが

 それでも、心の隅では家業のことを意識しているのだなと

 そう思える言葉でした。



 その後も、

 私達の願いとは別の道を歩み

 自由を選び

 縛られることを嫌い

 好き勝手に生きてきた長男でした。




 しかし、昨年より

 父を師匠に、蔵人を先輩に

 酒造りと米造りに携わる道を選びました。


 P1040498.jpg

 
 農作業で真っ黒に日焼けした二人の姿を見ながら

 この酒蔵に嫁いでから今までの二十数年を

 しみじみ思い出す私です。




 米造りも酒造りも子育ても

 決して自分の望みどおりにはいきません。

 これからも、やっぱりいくつもの壁が立ちはだかり

 心配性の私は途方に暮れることが

 まだまだたくさんあるでしょう。



 けれど、いつも

 家族みんなが笑って過ごせたら

 それだけで幸せなのだと

 そんなふうに思います。




P1040497.jpg

 自遊人 11月号 「日本酒新時代」

 

 伊勢錦とうちの蔵が掲載されました

 よろしければ、ご覧になって下さい。
 
 

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posted by とーこ at 00:46| Comment(29) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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